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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)224号 判決

控訴人 阿部兵衛

右控訴人補助参加人 陳金鐘

右訴訟代理人弁護士 中村喜一

控訴人 小松電気株式会社

右代表者代表取締役 小松重吉

右訴訟代理人弁護士 中野忠治

右控訴会社訴訟引受人 秋昌燁

右控訴会社訴訟引受人 国本政市こと李守岩

右控訴会社訴訟引受人 平海清一

右李、平海両名訴訟代理人弁護士 遣水祐四郎

被控訴人 安藤金太郎

右訴訟代理人弁護士 三島保

主文

原判決中控訴人阿部兵衛に関する部分を次のとおり変更する。控訴人阿部兵衛は被控訴人に対し、仙台市名掛丁八八番地の二宅地上に存する別紙目録記載の建物を収去し、その敷地二二、坪八九三(添付図面表示中朱斜線及び青斜線部分)を明渡し、昭和三〇年三月一日以降右明渡ずみに至るまで一ヶ月金二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原判決中控訴人小松電気株式会社に関する部分を取消し、被控訴人の同控訴会社に対する請求を棄却する。

訴訟引受人秋昌燁、同李守岩、同平海清一は被控訴人に対し、別紙目録記載の建物のうち、西側一二坪三三六(添付図面表示中青斜線部分)より退去してその敷地を明渡せ。

訴訟費用中、被控訴人と控訴人阿部兵衛との間に生じた分は第一・二審とも同控訴人の、被控訴人と補助参加人との間に生じた分は同参加人の、被控訴人と控訴人小松電気株式会社との間に生じた分は第一・二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を同控訴会社の各負担とし、被控訴人と訴訟引受人秋昌燁、同李守岩、同平海清一との間に生じた分は同引受人らの連帯負担とする。

この判決は被控訴人において主文第二項について控訴人阿部兵衛に対し金二〇万円、第四項について訴訟引受人秋昌燁、同李守岩、同平海清一に対し、各金三万円の担保を供するときは、右第二・四項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人阿部に対する本訴請求の当否、

被控訴人が昭和二一年六月一日控訴人阿部に対し、被控訴人所有に係る仙台市名掛丁八八番地の二宅地四〇坪を坪当り一ヵ月金二円五〇銭の割で賃貸し、右土地の引渡がなされたこと、同控訴人が右引渡後間もなく、右土地に本件建物(その現在の坪数が二二坪八九三であることは当審における鑑定人栗原操の鑑定の結果によつて明らかである。)を建築し、爾来現在に至るまでこれを所有し、もつて右土地を占有して来たことは被控訴人と控訴人阿部との間に争がない。

しかして、成立に争のない甲第一号証≪中略≫を綜合すれば、被控訴人は昭和二一年五月頃かねて顔見知りの控訴人阿部より、前記八八番の二宅地四〇坪の貸与方の申入れを受けたが、同土地には戦時中応召され、当時未だ復員していなかつた被控訴人の三男三郎のために、店舗を建築することが予定されていたので、長期間貸与することができなかつた関係上、右三郎が復員する迄の一時的な貸借という意味で、その期間を一応五年、目的を臨時仮設バラツク所有と定めて、同年六月一日前記のような賃貸借を締結し、その地上の改造前の本件建物を建築するに至つたこと、ところが、被控訴人はその後控訴人阿部より「弁護士に相談したところ、借地権の存続期間は法規上二〇年を下ることができないことになつていることが判明したから、そのように右期間を改めて貰いたい」旨申向けられ、当時法律知識に疎かつた被控訴人は同控訴人の右言を信じ、昭和二四年一二月七日弁護士南出一雄立会のもとにやむなく前記賃貸借を合意解除して、新たに右宅地中添付図面表示の朱斜線及び青斜線部分合計二二坪八九三につき、目的を木造建物所有、期間を二一年、地代一ヵ月坪当り米一升の価格相当額、毎月末日払いの約で貸与することとなつたが、その後被控訴人は右弁護士に当初の賃貸借成立の経緯を説明して、右賃貸借改訂の斡旋方を依頼し、控訴人阿部に交渉して貰つた結果、昭和二十八年三月一日同控訴人の承諾を得て、右約定に更に「被控訴人において右土地を必要とする場合は、右控訴人は貸付期間中と雖も右土地に隣接する被控訴人所有の同所八八番の三、宅地一八坪に移転すること」なる条項を付加するに至つたこと、しかるに、右控訴人はその後屡々右地代の支払を遅滞したばかりか、被控訴人の右約定による移転の要求にも応じないので、右控訴人と種々折衝した挙句、昭和二九年一一月一八日右契約を合意解除し、同控訴人との間に、(イ)右地上に存する本件建物の収去を昭和三〇年八月末日まで猶予すること、(ロ)右控訴人は右期日までに本件建物を収去してその敷地を被控訴人に明渡すこと。(ハ)同控訴人は被控訴人に対し、右敷地明渡ずみに至るまで一ヵ月金二、〇〇〇円の割合による損害金を支払うこと。(ニ)同控訴人は被控訴人の承諾を得ないで本件建物を第三者に貸与しないこと。(ホ)同控訴人が右(ロ)、(ハ)、(ニ)の約定に違反したときは被控訴人は何らの催告をなすことなく、直ちに同控訴人に右敷地の明渡を求めることができること。(ヘ)被控訴人は同控訴人が叙上の約定を誠実に履行するときは、同控訴人に対し、右土地に隣接する前記八八番の三、宅地一八坪を定める約定で貸与することになる約旨の契約を締結したこと、しかるに同控訴人は右約旨に違反し、昭和三〇年三月一日以降同年八月末日までの約定損害金の支払をしなかつた事実が認められ、右認定に反する原審における控訴人阿部本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

補助参加人は昭和二九年一一月一八日になされた右土地賃貸借の合意解除はその地上に存する本件建物の賃借人たる控訴人小松電気や、同建物の抵当権者たる補助参加人の利益を害するもので信義則に反し無効であると主張するが、右合意解除が被控訴人と控訴人阿部との間になされたものである以上、これが第三者の利益を害することを理由として同控訴人自らその無効を主張し、土地所有者たる被控訴人の右土地明渡の請求を抗争し得ないことは論を俟たないところであり、補助参加人の右主張は被控訴人が第三者たる控訴人小松電気や補助参加人に対し、右契約消滅の効果を対抗(主張)できるか否かの問題として採り上げらるべきものであつて、右契約解除自体の有効無効の問題として論ぜらるべきものではないから、補助参加人の右のような主張は補助参加人自身のための主張であり、被参加人たる控訴人阿部のための適法な主張ということはできない。従つて補助参加人の右主張は爾余の点の判断を俟つまでもなく、被控訴人の同控訴人に対する請求を拒否し得る理由とはなり得ない。

次に補助参加人は右土地の賃貸期間は昭和二四年一二月七日より二一年と定められていたのに、昭和二九年一一月一八日右土地賃貸借は何ら合理的な理由もなく合意解除されたのであるから、右合意解除は借地法第一一条により無効であると主張するが、右契約が借地人を首肯せしめるに足る理由によつて合意解除されるに至つたことは前段認定のとおりであるし、しかも右法条は土地賃貸借の契約内容を改訂し、経済的に劣位にある借地権者を不利益な契約条件より保護せんとする規定に他ならず、右契約の合意解除の効力までも規制せんとするものではないから、参加人の右主張も採用の限りでない。

そうだとすると、前記土地賃貸借の合意解除及びこれに付随してなされた前記特約は被控訴人と控訴人阿部との間に有効に成立したものといわねばならない。

そして被控訴人が遅くとも昭和三〇年八月末日までに、控訴人阿部に対し、前記特約違反(約定損害金の不払)を理由に、本件建物の収去とその敷地の明渡を申入れたことは原審証人安藤金一郎の証言及び弁論の全趣旨に照して明らかである(のみならず右敷地の明渡猶予期限たる昭和三〇年八月三一日が疾うに経過していることは顕著な事実である)から、同控訴人は同日限り被控訴人に対し本件建物を収去してその敷地二二坪八九三を明渡すべき義務を負担したものというべきである。

そこで進んで補助参加人の控訴人阿部に代位してなす本件建物買取請求権行使の主張について判断するに、本件のように土地賃貸借が合意解除された場合には、借地権者は契約の更新請求権を有しないから、その存在を前提とする借地法第四条第二項の買取請求権もこれを有しないものと解するのが相当である。また仮に買取請求権の発生が必ずしも更新請求権の存在を前提とせず、従つて土地賃貸借が合意解除された場合においても、当然に地上建物の買取請求権が否定される理由はないと解しても、前記土地賃貸借が合意解除されるに至つた経緯は前段説示のとおりであるし、また前段認定の事実に、原審及び当審(第一、二回)証人安藤三郎の証言、原審における控訴人阿部本人尋問の結果(一部)を綜合すれば、被控訴人は右土地賃貸借の合意解除に際し、かねての計画どおり、右地上に三男三郎のため店舗を新築すべく、右土地に隣接する被控訴人所有の同所八八番の三、宅地一八坪の換地を提供して、昭和三〇年八月末日までに、同地上に本件建物を移築するよう申入れ、同控訴人もこれを承諾した事実が明らかであるから、同控訴人は右合意解除の意思表示に際し本件建物の買取請求権を放棄する意思も表示していたものと認めるのが相当である。そうだとすると、控訴人阿部はこの点よりしても本件建物の買取請求権を有しないこととなるから、その然らざることを前提とする補助参加人の右主張も亦理由がない。

そして、右土地の昭和三〇年九月一日以降現在に至るまでの一月当りの適正賃料が少くとも金二、〇〇〇円を下らないことは、右土地が仙台市内屈指の繁華街に位置する事実(この点は当裁判所に顕著な事実に属する。)に、前記土地明渡猶予期間中の約定損害金が二、〇〇〇円であつた事実及び成立に争のない乙第一、第三号証、原審証人佐藤久次郎、同安藤金一郎の各証言、原審における控訴人小松電気代表者小松重吉の本人尋問の結果を綜合することによつて、これを認めるに十分であるから、被控訴人は控訴人阿部の土地に対する不法占有によつて右期間中右賃料相当額の損害を被つていたものというべきである。

よつて、右控訴人は被控訴人に対し、本件建物を収去してその敷地二二坪八九三を明渡すとともに、昭和三〇年三月一日以降同年八月末日まで一ヵ月金二、〇〇〇の割合による約定損害金、及び同年九月一日以降右明渡ずみに至るまで、一ヵ月金二、〇〇〇円の割合による不法行為上の損害金を賠償すべき義務がある。

二、控訴人小松電気に対する本訴請求の当否。

控訴人小松電気が前記土地賃貸借の合意解除当時、本件建物西側の部分一二坪三三六(添付図面表示中青斜線部分)を占有使用していたことは被控訴人と右控訴人との間に争がない。

しかるに、昭和三〇年一〇月頃右控訴人が賃貸人たる控訴人阿部より右建物占有部分の明渡を求められて、同建物より退去し、現在同建物を占有していないことは当審証人小松永吉の証言により成立を認める乙第四号証、右証人及び当審証人安藤三郎の証言(第一、二回)によつて明らかであるから控訴人小松電気は最早右建物の敷地を占有していないものといわねばならない。

すると、右控訴人が今なお右敷地を占有しているものとし、その所有権に基き、同控訴人に対し右建物占有部分よりの退去及びその敷地の明渡を求める被控訴人の請求は失当たるを免れない。

三、訴訟引受人秋、同李、同平海に対する本訴請求の当否。

右訴訟引受人ら三名が前示認定の土地賃貸借の合意解除後であり、しかも土地明渡猶予期限満了後である昭和三三年一〇月二二日本件建物中西側一二坪三三六(添付図面表示中青斜線部分)を控訴人阿部より賃借し爾来引続き同建物西側部分を占有使用していることは同引受人らの認め又は明らかに争わないところであるから、同引受人らは何らの権限なくして右建物西側部分の敷地を占有しているものといわねばならない。

そうだとすると、被控訴人が右引受人らに対し、右建物西側部分よりの退去及びその敷地の明渡を求め得ることはいうまでもない。

四、以上のとおりだとすると、被控訴人の控訴人阿部に対する請求は正当であるが、控訴人小松電気に対する請求は失当であるから、控訴人阿部の控訴は理由がなく、控訴人小松電気の控訴は理由あるものといわねばならない。しかしながら、被控訴人は当審にあいて控訴人阿部に対する請求の趣旨を訂正したから、原判決中同控訴人に関する部分は右趣旨に符合するようこれを変更すべく、また原判決中控訴人小松電気に関する部分は失当であるから、これを取消し、被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却すべきである。なお被控訴人の訴訟引受人ら三名に対する請求はいずれも理由があるから、正当として、これを認容すべきである。

よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第九二条第八九条及び第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 上野正秋 鍬守正一)

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